★ 廃院に潜む影 ★
クリエイター西向く侍(wref9746)
管理番号252-3693 オファー日2008-07-03(木) 14:56
オファーPC 花咲 杏(cyxr4526) ムービースター 女 15歳 猫又
ゲストPC1 ロゼッタ・レモンバーム(cacd4274) ムービースター その他 25歳 魔術師
ゲストPC2 クレイ・ブランハム(ccae1999) ムービースター 男 32歳 不死身の錬金術師
<ノベル>

▽シーン1▽

 対策課には、連日連夜の勢いで、多数のハザード解決依頼が寄せられる。
 それらは、すでに解決策が特定されているものから、本当にムービーハザードであるのかすら判然としないものまで、多種多様だ。
 花咲杏(はなさき きょう)とロゼッタ・レモンバームは、偶然にも同じ依頼に飛びついた。
 市役所対策課窓口横の掲示板――そこに貼ってある無数の解決依頼書。その中の同じ依頼書の前で同時に立ち止まり、じっと内容を見つめたのだ。
 肩同士が軽くぶつかりあう。
「すんまへん……って、あら? ロゼッタはんやありまへんか」
「ん? 杏か。久しぶりだな」
 ロゼッタがにこりと微笑む。
 ハザード解決をともにしたことはなかったが、お互いに面識はあったので、話はするすると進む。
「ほな、二人でこの依頼受けましょか。ロゼッタはんがいっしょなら、うちも安心やわ」
「こちらこそ、よろしく頼む」
 杏とロゼッタは、依頼書を掲示板からはがすと、窓口へと向かった。
「せやけど、うちらだけで大丈夫やろか?」
 杏の不安ももっともだ。
 彼女らが選んだ依頼は、B級ホラー映画から実体化した廃院の探索、および囚われ人の救出が目的だった。
 廃院には自らの『子供』を、宿主――つまりは人間に寄生させて操る能力を持ったモンスターヴィランズが巣くっているらしい。戦闘になる可能性もある。
 ところが、杏は戦うのがそれほど得意ではなかったし、ロゼッタに至っては魔術師だ。狭い建物内では存分に力をふるうことができない。
「そうだな。自信がないわけではないが、戦術的に、私たちの『盾』となるような人物がいれば都合がいいことは確かだ」
 サラリと酷いことを言ってのけ、さらにサラリとその候補を発見する。
「ちょうどいいところに、『盾』がやってきたぞ」
 ロゼッタが黒い笑みを向けた相手は、クレイ・ブランハムだった。

 クレイは孤高の錬金術師だ。
 たとえ、銀幕市の人口の半分を占めているはずの女性に近づこうとしないから、いつも独りでいるように見えるのであっても、自分では孤高だと思っている。
 だから、遠くから知人が呼びかけきたとしても、振り返りすらしない。独りを好む彼は、ハザード解決にも独りで乗り出すのだ。
 もちろん、声をかけてきた相手が、女性(?)だったから返事をしなかったわけではない。
「クレイ」
 決してない。
「クレーイ!」
 断じてない。
「ちょっとぉ、クレイったら。さっきから呼んでるじゃない。返事くらいし・て・よ(はぁと)」
「ぐあっはぁ!」
 いつの間にかすり寄ってきたロゼッタが、クレイの腕をつかんでいた。しかも、蠱惑的な笑みを浮かべて、妙になまめかしい。
 がくり――
 魂が抜けたかのように真っ白になり、そのままクレイは気絶した。
「さぁ、三人で窓口へ行こうか」
 いつもの冷静なロゼッタに戻り、片手でずるずるとクレイを引きずっていく。
「あのぅ、ロゼッタはん。そちらの方は、たしかクレイはんどしたよね? どうして気絶してはるん?」
 どうやら杏はクレイの女性恐怖症を知らないらしい。
 ロゼッタは人差し指を顎にあて、少しだけ考える仕草をしたあと、にっこり笑ってこう答えた。
「疲れていたのでは?」
「はぁ……そうなんか」
 杏はいまいち釈然としない様子だ。
 女性恐怖症という、ある意味不名誉な性質を無理に広める必要はない。
 と、考えたわけではなく、ロゼッタは単に、杏には告げない方が面白そうだと判断したのだった。
 はたしてクレイ・ブランハムの運命やいかに?



▽シーン2▽

「ここが問題の廃院だな」
 ロゼッタたちが現地に到着したのは、日も暮れかける時間帯だった。
 斜めに差し込む夕日が、崩れかけた灰白色の建物を不気味に照らし出している。地面に焼き付けられた陰影が、ふとした瞬間に、実体をもって襲いかかってきそうな雰囲気があった。
「ホラー映画のハザード地に、なにも日が沈みかけてから挑む必要はないのではないか?」
 クレイがぶっきらぼうな態度で文句をつけた。無理やりここに連れてこられたことに、(当たり前だが)まだ納得していないのだ。
「怖いのか?」
 ロゼッタの問いに「そんなわけがあるか!」と即答する。
「あのぅ……これから協力せないかんのやし、仲良くやらへん?」
 控えめに提案する杏に、クレイも言葉に詰まるしかない。自分をここに連れてきたのはロゼッタだ。杏に罪はないのだ。
「すまない」
 小さくつぶやいて、照れ隠しに顔を背けた。
「まぁ、許そう」
「貴様には謝っていない!」
 ロゼッタの尊大な態度に、クレイが勢いよくツッコミを入れる。
「そんなに大声を出したら敵に気づかれるぞ」
 再びぐっと言葉に詰まるクレイ。口では勝てないことを悟り、無言のまま病院の正面玄関へとのしのし歩いていく。
「ちょ、クレイはん、待って」
 杏があわてて追いかけ、ロゼッタも心底楽しそうにあとを追った。

 病院内に入ってすぐに三人が感じたのは、異様な冷気だった。
 杏は鳥肌の立った二の腕をしきりにさすっている。ロゼッタは油断なく周囲を警戒し、クレイは無頓着に歩を進めた。
「クレイはん、ちょっとは気をつけはった方が……」
 杏が声をかけるのと、クレイが振り返るのと、彼の背後に何かが姿を現すのとはほぼ同時だった。
「にぎゃーーーーっ!」
 杏が跳び上がらんばかりの勢いで悲鳴を上げる。
 びろーんと、天井から釣り下がってきたのは、逆さまの腐乱死体だ。そいつが無言のままクレイに襲いかかってきた。
「クレイはん、うしろ!」
 指さす杏に、しかし、クレイは彼女の方を振り返ったままで、すっと指先だけを動かした。
 ぴゅいんと空気を斬り裂く音がして、腐乱死体が細切れになって床に落下する。
 不可視のワイヤーは、クレイが最も得意とする武器のひとつだった。
「振り向いた瞬間に背後から現れるとは、いかにもB級ホラーだな」
 軽く鼻を鳴らしてワイヤーを袖口にしまう。
「ホンマすごいわ、クレイはん」
 杏が瞳を輝かせながら手を叩く。
「これくらいどうということは……のわっ! 近寄るな!」
 何の気なしに歩み寄った杏を見て、クレイがあわてて跳びすさった。
 怪訝そうな杏に「さ、さっきの死体の、いろんなものが、こう、なんというか、だから近づくな」額に汗を流しながら必死に説明するクレイ。
 ロゼッタはそんな二人を見てクスクス笑っている。
「き、貴様は何を笑っている?!」
「べ・つ・に(はぁと)」
「そ、そういう時だけ、口調を変えるなっ!」
「そんなことより、もっと出てきたぞ」
 食ってかかろうとするクレイに、あっち向いてホイの要領で通路の奥を向かせる。暗いはずの院内であるのに、数人の人影が近づいてくるのがはっきりと見て取れた。
「すべて斬り裂けばよかろう」
 クレイが不敵な表情をつくり、再びワイヤーを指先に絡めた。
 それを、ロゼッタが制する。
「よく見てみろ。操られているだけだ」
 医者、看護婦、患者、出入りの業者、中には銀幕市民も含まれているだろう――わらわらとクレイたちに群がってくる人々はすべて、目や肌の色が尋常ではなかった。
「またもやB級ホラーらしい展開だ。操られているのがわかりやすい」
 舌打ちしながらも、クレイはすでに逃走体勢に入っている。倒せないのならば、逃げるしかない。
「あの人らを解放するには『親』を倒すしかあらへん」
 そう言いつつ、杏は得意の脚と鼻を活かして、逃げ道に最適な通路を探していた。
「こっちや。この先なら操られとる人の匂いがせぇへん――にゃっ!」
 と、振り返った杏の鼻先を鋭くとがったメスがかすめた。
 見ると、操られた医師が、白衣の前をはだけるところだった。白衣の内側には血に濡られたメスが幾本も収納されている。
 医師は、にたぁと笑うと、杏めがけて次々とメスを投げはじめた。
「ちょ、待ってぇな」
 七転八倒で避ける杏。
 クレイはクレイで、身の丈ほどもある巨大な注射器を振り回す看護婦に追われていた。注射針から逃げているのか、看護『婦』から逃げているのかは定かではない。
 ロゼッタも、今回ばかりは他人を気にする余裕もなく、なぜかチェーンソーを持った人物に切りつけられていた。操られている人間は体力が無尽蔵につづくものなのか、はたまたホラー映画だからそうなのか、重い機械をむちゃくちゃに振り回しているにもかかわらず、相手の動きは衰えない。呪文を唱える暇もなさそうだ。
「仕方ない」
 ぼそりとつぶやき、ロゼッタはクレイに向かって走り出した。
 そのまま、クレイの背中を容赦なく蹴りつける。
「ぐへっ!」
 不意の、しかも仲間からの一撃に、前のめりに倒れ込むクレイ。
「なにをっ!」
 起きあがりかけたクレイの頭上をチェーンソーが通り過ぎる。メスが飛び、注射器が振り下ろされ、ハンマーが床を砕き、無意味にどこからともなく血しぶきが上がった。
 集中攻撃をなんとか捌きつつ、クレイが血走った目を向けると、逃げ道となる通路の入り口で、杏が心配そうに、ロゼッタが楽しそうに彼を見ていた。
「まさか自ら囮を買って出るとは……君という男は」
 あとは言葉にならないといった感じで、ロゼッタが目頭をハンカチで覆う。
「嘘泣きするなっ!」
「クレイはん、死なんといて」
 杏は本気で涙目だったので、口ごもるしかない。
「さぁ、いこう、杏。彼の死を無駄にしてはいけない」
「だから、勝手に殺すなっ!」
 長大な注射針を白刃取りの要領で受け止めつつクレイは絶叫した。
「ぜっっっっっっっっっったい生き残ってやるからなぁぁぁぁぁ!!」



▽シーン3▽

 杏とロゼッタは手術室で息を潜めていた。いまや廃院内は、下僕たちであふれかえっており、脱出は不可能だ。
 一度、杏が窓を割って逃げようとしたが、そこはお約束らしく窓は割れないことになっていた。逃げ道はきっとただ一つに違いない。
「さて、映画では彼らを操るボスはどこに居たのだろうか?」
 今頃になって呑気にそんなことを訊ねるロゼッタに、杏は気を悪くした風もなく「院長室やったと思いますけど」と答えた。きっとクレイがいれば「そんなことも調べてきてないのか?!」とツッコんだはずだ。
「では、院長室へ向かえばいいんだな」
「そらそうやけど、この状況でどうやって」
 言いかけた時、突然手術室のドアが激しく音をたてた。
 杏がびくりと身を震わせる。何者かがドアを開けようとしているのだ。
 がたがた。がたがた。
 がんがん。がんがん。
 ドアを叩く音に変わる。
 そして、地獄の底から響いてくるような唸り声。
 杏は思わず耳をふさいだ。
「ロゼッタはん?!」
 ロゼッタがドアに歩み寄っていく。
「危ないんとちゃいます?!」
 杏の忠告を無視して、無造作にドアを開けた。
 杏がロゼッタをフォローしようと立ち上がりかける。
「ふっふっふ。やーーーっと見つけたぁ」
 不気味な声音に、杏はその場で固まってしまった。ロゼッタを助けようにも、恐怖に身体がすくんでしまって動けない。これほど恨みのこもった言葉を、彼女は聞いたことがなかった。
 ロゼッタがやられる!
 そう思ってきつく目を閉じてしまった杏のネコ耳に、しごく冷静なロゼッタのツッコみが聞こえてきた。
「なんてわかりやすい登場の仕方だ。もっと工夫を凝らすべきだな」
「うるさいっ! いったい誰のせいでこんなことになったと思っている!」
 現れたのは、杏以外の全員が予測したとおり、すさんだ目で荒い息をつくクレイだった。
「そもそも私はこんなところに来るつもりは……」
「クレイはん! 無事やったんやね!」
 杏が駆け寄る。
 クレイがとっさにドアを閉める。
「く、クレイはん?!」
 クレイがドアを開ける。青ざめた彼の背後には、迫ってくる看護婦。
「クレイはん、早く中へ」
 杏がドアに手をかけると、クレイが再びドアを閉める。
「く、クレイ……はん?」
 クレイがドアを開ける。看護婦との距離が縮まっている。
 杏が招き入れようとすると、クレイがドアを閉める。
 開けて、閉めて。
 開けて、閉めて。
 開けて、閉めて。
「はいはい、漫才はそこまで」
「ぐっふっ!」
 ロゼッタの膝がクレイのみぞおちにクリーンヒットした。もちろん、杏からは見えないように背中で隠している。くずおれるクレイ。
 ついでに手に持った杖で、手術室に飛び込もうとした看護婦を、こつんと叩いて昏倒させた。
「さて、院長室へ向かおう」
 ロゼッタは、またもや片手でずるずるとクレイを引きずっていく。
「あのぅ、ロゼッタはん。クレイはん、どうして部屋に入ってこんかったんやろ?」
 ロゼッタは人差し指を顎にあて、少しだけ考える仕草をしたあと、にっこり笑ってこう答えた。
「私たちを危険にさらしたくなかったのでは?」
「あ! そやね!」
 今度こそ杏は納得したとばかりに、しきりに首肯した。
「ホンマ、クレイはん、男の中の男やわ」
 ロゼッタは「良いことをしたあとは気持ちがいいな」などと一人満足しながら歩いていく。その足下には、白目を剥いたクレイがいるわけだが。



▽シーン4▽

「ほら、クレイ、男らしくドアを開けないか」
「なっ?! 私が開けるのか?」
「こういうことは男の役目だろう」
「なにを! 貴様とて、おと……こ?」
「こんなか弱い乙女をつかまえて、男だなんて! ヒドイ!」
「う、嘘泣きなんぞにはひっかからんぞ!」
「嘘泣きだなんて。私をそんな人間だと思っているのね……」
「だ、騙されないからなっ! って、杏までそんな蔑んだ眼差しをっ?!」
「そやかて、クレイはん……」
「ぐぅ……わかった! 開ければいいんだろう、開ければ」
 院長室のドア前での会話である。
 クレイが勢いよくドアを蹴破り、中に突入した。両手を広げているのは戦闘体勢だからだ。指先と指先が、見えないワイヤーでつながっている。
 つづけて、ロゼッタと杏も部屋内に足を踏み入れる。
「貴様がここの主(あるじ)か?」
 油断なくクレイが訊ねると、正面の椅子に腰かけていた男がゆらりと立ち上がった。白衣を着ている初老の男性で、おそらくは院長なのだろう。
「なぜ邪魔をする?」
 男は問いに問いで返した。
「邪魔?」
 眉根を寄せるクレイに、杏が小声で伝える。
「この映画、宇宙からやってきた謎の生命体が院長はんに取り憑いて、ほんで世界征服を目指すという――」
「いや、頭が痛くなってきたからそれ以上は聞かなくてもいい。それで、この寄生生物はそいつの『子供』というわけか」
 いつの間にか、天井や壁や床、あらゆる場所で、ゴキブリに似た奇妙な生き物がうごめいていた。この生物が人間にとりついて操っているのだ。
「CGで制作する予算がなかったか、はたまたそういった技術が生まれる以前の映画か」
 ロゼッタのつぶやきは、そのゴキブリモドキたちの出来に関してだ。それらは、なんというか、こう、いかにもぬいぐるみといった感じであり、もぞもぞと動いてはいるものの、脚などはただ身体の動きに合わせて揺れているだけだった。
「醜いな」
 ロゼッタの杖が薄ぼんやりとした光を放ちはじめた。
「美敵殲滅(ビューティー・ジェノサイド)! 黒虫打破(コックローチ・クラッシュ)!!」
 杖の先から魔光がほとばしり、次々とゴキブリモドキたちを消し去っていく。
「ちょ、いま、呪文がめちゃくちゃテキトー……」
 クレイがすかさずツッコむ。
「この程度の輩には、この程度の呪文で充分」
 ロゼッタは動じない。
「クレイはん、ロゼッタはん、言い争ってる場合やないよ」
 杏が緊張した面持ちで告げた。
「映画では院長が変身するんよ」
「変身?」
 クレイとロゼッタが同時に声をあげた。
「それがめちゃくちゃ強いんやわ」
「どれくらい強いんだ?」
「主人公たちは逃げまどうだけやったからわからへん」
 そう会話している間にも、院長の様子がおかしなことになっていた。ぶくぶくと膨れていくのだ。どう考えても物理法則を無視した膨張の仕方だ。
「最後は建物ごと軍に爆破されるんやけど、そんなもんアテにでけへんし。うちらで倒すしかないんやない?」
 杏はもうその気になっており、本性である黒猫へと変化しはじめている。
「軍の攻撃ってどういうオチだ?」
 クレイも攻撃に備えて身構える。
「この時のために連れてきたようなものだ。よろしく頼むぞ、私の『盾』」
 ロゼッタが後方に下がり、魔術発動の準備をし出す。
「いま、どさくさに紛れて私のことを『盾』とかなんとか?!」
「そんなことより、来るぞ!」
「そんなことって……うわっ!」
 巨大な肉塊と化した院長から、触手のようなものが伸びてきた。
 その一撃を受ける前に、杏がクレイの襟首をくわえて、跳びすさる。触手の先端は、床を突き破るほどの威力を持っていた。
「すまない」
「気にせんといて。うちも助けてもろたんやから」
 黒猫が器用にウィンクする。
 どうやら動物なら女性と認識しないで済むらしい。クレイも自然に顔をほころばせ、二人で敵へと立ち向かっていった。
 杏は、妖火(あやしび)で牽制しつつ、鋭い爪で触手を一本ずつ切り離していく。クレイもまたワイヤーで同じ作業を行なっている。
 しかし、触手は次から次へとわいて出てくるのだ。
「これやったらキリがないわ」
「なんとか本体に近づければ……」
 クレイが懐から小さな球形の物体を取り出した。お手製の小型破壊弾だ。
 これならば、設置し、熱を加えるだけで大爆発を起こすことができる。それこそ軍の爆破並の爆発だ。
 そのとき、後方からロゼッタが呪文を放った。
「クレイ! 杏! そこをどけ!」
 クレイも杏もとっさに横に飛び退く。
 ロゼッタの杖先には、ゴキブリモドキを消滅させたとき以上の魔光が輝いていた。
「美敵殲滅(ビューティー・ジェノサイド)! 肉塊打破(ミートボール・クラッシュ)!!」
 おびただしい閃光が、杏の視界と、クレイの「またテキトーな呪文を」というツッコミを真っ白に塗り潰す。
 耳をふさぎたくなるような絶叫が響き、触手だけでなく本体までもが焼けこげていく。嫌な臭いと煙が部屋に充満する。
「いまだ!」
 ロゼッタに言われるまでもなく、クレイは駆け出していた。
「これで終わりだ」
 肉塊の表面にずぶりと拳をめり込ませる。その手は小型破壊弾をにぎっており、彼はそれを敵の体内に置き去りにした。
「杏! 火を頼む!」
 その場から逃げながら、クレイが叫んだ。
「わかったわ」
 黒猫は、にゃーおと一声鳴くと、妖力で火の玉を作り出し、クレイが開けた穴にそれを送り込んだ。
「やったか?!」
 数瞬の沈黙。
 炎の熱に反応した破壊弾が役目を果たし、音と熱と風とが炸裂した。

「みんな無事に解放されてよかったわぁ」
 杏が目を細めながら助かった人々を眺めている。
 廃院はハザードの主を失ったため消え去ってしまった。そのため、あとから迷い込み、ゴキブリモドキに寄生されていた人々だけが残っていた。
 彼らもこれから家路につけるだろう。
「まったくヒドイ目にあった」
 ぶつぶつと文句を垂れ流しているのはクレイだ。もともと今回の依頼に参加する意志すらなかったのだから当然だろう。
 杏はそんなクレイを見て、悪戯っぽい笑みを浮かべると、
「クレイはん、今日はありがとう」
 と、頬に軽くキスをした。
「あら?」
 クレイは魂が抜けたかのように真っ白になっている。
「クレイはん? どないしはったん?」
 杏は心底不思議そうだ。
 ロゼッタが必死に笑いをこらえながら言った。
「立ったまま寝ているのでは?」
「そ、そうなんか? 器用なお人やなぁ」
 ますますクレイへの誤解を深める杏。
 すっかり宵闇に染まった街角に、白く固まった錬金術師が、いつまでもいつまでも立ちつくしていた。

クリエイターコメントたいへんお待たせいたしました。
お受けしてからだいぶ時間が経ってしまいましたが、なんとか期限内にお届けすることができました。

お三方がどの程度のお知り合いかわかりませんでしたので、この程度にしてみましたがいかがだったでしょう?
プレイングの内容からギャグ寄りと判断させていただきました。
杏様のいい人っぷりとロゼッタ様の黒い人っぷりとクレイ様の受難っぷりを楽しんでいただければ幸いです。

キャラクターの口調や行動などで気になる点がありましたら、遠慮無くお申し出ください。

それではまた機会がありましたらよろしくお願いします。
公開日時2008-08-07(木) 18:50
感想メールはこちらから